芥川賞受賞作
話は、
語り手が語り手の叔父をモデルにした『アサッテの人』という小説を書くなかで、今は失踪してしまっている吃音という特徴のあった叔父の日記や事故で亡くなった叔父の妻の話などを用いながら叔父の吃音は叔父の中でどういう意味があったのかということを考察していくような話
構成がめちゃくちゃ変わってて
語り手がメタ視点?で『アサッテの人』という小説を書くんですけど
こういう構成めちゃくちゃ冷めるしおもしろくないって思ってたのに
どうしてこの小説ではそれが面白いと思うのかがとても不思議
語り手のリアクションとか感情が薄いからわざとらしくないのかな?
いやー不思議
叔父という少し血筋的には離れた人間とその妻と主人公が仲良くしていたという状況から
叔父を客観的に描きつつも
妻の話からの二人称視点の話、
叔父の手記からの一人称視点の話
が、混在しているから叔父の人間性が詳細まで偏りなく描かれるから叔父さんの人としての魅力みたいなものも伝わってきましたね
吃音はもともと日常に想定されていない言葉だから社会から縛られていなかったのに
それが治ると自分が社会に縛られてつまらない人間になってしまった
だから唐突に変な言葉を叫ぶようになった
っていう流れはとてもよく理解できて
誰しもが先を読むことのできる発言をしたくないひねくれ方は自分もたぶんやってるわって
だからサイコパスとか言われるんやろうけど
でもそっちの方が面白いし、自分である意味があるような感覚はわかるなぁって
それが吃音とつなげられてるのは新鮮な気がして
筆者がどうしてこのテーマで書いたかはちょっと気になる
そもそも芥川賞っていうのがちょっとひねくれてるから好きなんですけど
この作品は綺麗なひねくれ方をしているような気がして
パラパラと読んだ感じはあまり面白そうじゃなかったのに面白かった
こういう突飛すぎるくらいの構成も楽しい