コロナ禍までの話を描いた川上未映子さんの短編集
川上未映子さんの作品が好きでこれまで5〜6作読んできたのに
この作品がこれまで読んだ作品のどれともつながらないというか、近くないような気がした
強いて言えば村上春樹さんの『一人称単数』を読んだときの感覚に近かったかな
とても良かった
では特に残った2つを紹介
1つ目は
『ブルー・インク』
この話は、
自分について書くことを避ける高校生の女の子が主人公の男の子へ手紙を書くが、男の子はその手紙をなくしてしまう。その手紙を探すために2人は夜の学校に忍び込んで…という話
なんですけど
まず1つひとつの描写がとても繊細で物事としては大きな出来事は起こってないのに静かにゆっくり味わうことのできる文章になっていて
これまで川上未映子さんの作品は展開や文のスピード感を楽しむことが多かったから真逆の雰囲気で驚いた
この話の好きなところは
書くことを怖がる女の子とそれを理解できない男の子の微妙なすれ違い
自分について書くことを怖がるというのは
自分の手の届かない場所に自分の一部が残されてしまうような感覚になるのか
それとも書く行為によって自身が変容する感覚に陥るのか
その真意はわからないけれど
その感覚を抑えてまで書いた手紙というのは彼女にとってコンプレックスの1つのような
彼女のエネルギーが詰まったものだと思うのに
主人公の男の子にはそれが理解できずに
2人がすれ違う様子が人間関係の難しさを感じさせてくれて良かった
2つ目は
『娘について』
小説家を目指していた主人公のよしえは、女優を目指していた親友の見砂と東京で同居していた。しかしよしえは見砂の女優へのポテンシャルに嫉妬し、見砂や見砂の母のネコさんに対して見砂が女優に向いていないということを主張する。しばらく年月が経ったある日、地元に帰った見砂から電話がかかってきて…という話
この話は『ブルー・インク』よりは川上未映子さんっぽさを感じる
人間の醜い部分を描いた作品だけど
捉えどころは難しい印象を受けた
最も惹かれた部分は現在の見砂の心情
よしえに連絡をした見砂からは悪意は全く感じられないのに
どこかで強い憎悪を抱えているようにも感じ取れてしまう感じが怖い
人を嫉妬して、主導権を握って、行動させる人の怖さとその代償の罪悪感を存分に味わえる
よしえに罪悪感があるということは明示せずに見砂の憎悪の暗示や情景の描写でその心を浮き上がらせている感じがすごい
川上未映子さんの作品で何も感じないってことは1つもないですね
新刊の『黄色い家』もやっぱり気になるよなぁ