2021年上半期芥川賞受賞作
あらすじ
ドイツのゲッティンゲンに留学している主人公は、9年の時を経て野宮と再会する。主人公は9年前に震災で行方不明になった野宮とルームメイトのアガータの犬のトリュフ犬とともに惑星の模型を巡る。そして、野宮がゲッティンゲンに滞在する日々のなかで寺田と出会ったり、冥王星の模型が現れたり、トリュフ犬が様々なものを掘り起こしたり…ということが起こっていく…という話
第一にこれまで読んだどの本よりも丁寧に物事を描写しようとしている気がしましたね
一つひとつの物事を筆者が時間をかけて向き合っているというのが伝わってくる
それが震災で行方不明になった野宮についてゆっくりと考えてきたことを表していて
主題と語り口がとても良くマッチしていましたね
メタファーが多いので解釈が難しいところが多いんですけど考え甲斐もあった面白かった
具体的に面白かったところを3つほど
まず1つ目はトリュフ犬の習性
トリュフ犬っていう嗅覚の鋭い犬によって
色んな人の喪失に関する過去にまつわるものが掘り返されるっていうところが
震災で残ったもの、喪失を象徴するものだけが手元にある状況を照らし合わされていて
形見というものに伴う哀愁って言えばいいのか、そういうもの哀しさの空気感が伝わってきた
原爆で残った弁当とかが展示されているのを見た時に近い感覚になったんですけど
あまり普段から感じるような感覚ではなくて
ちょっと色んなこと考えさせられたなって思います
2つ目は持ち物(アトリビュート)について
震災で残ったものを持ち物という風に表現しているんですけど
その持ち物という考え方が宗教画に描かれる人々の手に持っているものにも表れているということが書かれていて
日本でいえば古墳の副葬物みたいなことだと思うんですけど
本人のイメージを物に託す考え方ってたぶん人類共通の価値観として備わっているんだなって考えさせられて
その考え方で改めて震災で残されたものについて考えると
ちょっと違う見え方がしてきて
自分の中に新しい価値観がインストールされたみたいで面白かったですね
3つ目は惑星、歯、貝が表す象徴について
惑星のモニュメントが町のあらゆるところにあること、背中から歯が生えてくること、貝には聖ヤコブのイメージや野宮の故郷のイメージがあることなど
どう解釈すべきなのかわからないメタファーっぽいものが色々と出てきて
自分的には冥王星が存在しているのにいつのまにか人々の記憶から抜け落ちて、ふとしたきっかけで再び現れる記憶の儚さみたいなもので
背中から生えた歯は哀しさに浸りすぎてその哀しさが自分の身体を崩壊させてしまうほどのエネルギーをもっていること
貝が海が人間の起源であるものと人の生命を脅かすものでもあるという二面性の象徴みたいに思うんですけど
それぞれ色んな解釈ができそうで
ここもまた色々考えさせられるところで面白かった
難しくて、考えさせられる本ではあるけど
これほど誠実な本ってなかなか出会えなくて
とても良い話に触れたって思いましたね