活字中毒者の禁断症状

引きこもりが読書感想文を提出するブログ

【読書感想文】 坂下あたるとしじょうの世界 / 町屋良平

あらすじ

高校生にして小説の新人賞の最終候補に残っている坂下あたるは浦上さとかと付き合っている。詩を書くのが趣味で坂下あたるの友人である佐藤毅は浦上さとかに惹かれている。

ある時、坂下あたるが投稿している小説投稿サイトに坂下あたるαというアカウントができる。やがて坂下あたるαは坂下あたるの作品の内容を吸収し、オリジナルの小説を書き、それは本物の坂下あたるの才能を超えていて…という話

 

町屋良平さんの作品に出てくる登場人物たちはとても魅力的ですね

一人ひとりの個性が際立っているけれど日常の空気感は一切壊さないような絶妙なラインで読んでて親近感も湧きながら物語に入り込める

 

では具体的に良かったところを2つほど紹介

1つ目は、詩と文学論

詩とか文学とかの創作物を概念的に捉えて〇〇は文学だとかっていう論めっちゃ嫌いなんだけど

この話の場合は高校生らしさに思えて良かったな

どうしても論って力の強い人のものをよく聞いてしまうから拒否感あるけど

青春とか思春期とかってエネルギーや思想を感じるものも美化してくれて魅力にしてしまうものなんだなあ

 

2つ目は、AIの怖さと抵抗

この話の主題はこっちで

AIが何でも吸収して機械学習する怖さと

それに抵抗する心地良さが熱量高く書かれてる

機械学習への危惧って創作物に関してはすごくよくわかるよなあ

創作物によって救われる人がいるように

創作することで救われる人もいて

その人たちの救われる道を必要不可欠とは言えない技術によって断ち切ることって

とても暴力的で怖い

この話の場合はそれに抵抗することによる

カタルシスみたいなものを感じられて心地よいのだけど

最近世間全体として読者とかの受け手側が創作者を重んじない風潮が広がっているから

不穏な空気を感じてしまうな

 

この話には色んな角度の熱量が込められているから面白いと同時に危機感も感じたな

でもそれが読者の魅力の一つだよねえ

【読書感想文】シェア / 加藤秀行

芥川賞候補作

 

あらすじ

主人公のミワはネパール出身の大学生であるミー

と家をいくつも買って在日外国人に貸し付けるというグレーなビジネスをして生計を立てている。

そのことをIT会社の社長の元夫に詰められるがミワは従うことはなく…という話

 

加藤秀行さんの作品は気になってたんですけどやっと読めた

想像していたよりも読みやすい文体で話も企業に深く関わるような社会人の話だったから共感性も高くて今読んで良かったな

 

では具体的に良かったところを2つほど紹介

1つ目は、元旦那の会社の株を半分持ってる状態

ここで紹介するにしては枝葉も枝葉の内容なんですけど

誕生日にもらった株を今でも持ってるのってすごく良かった

増大していく株価の価値と過去の後悔の気持ちが

情動は残ってないけど状態だけが残ってる感じで

すごく良かったですね

株と記憶の共通点ってあるもんですね

 

2つ目は、人生における仕事の意義

現代において仕事っていうのが

お金を稼ぐことと社会貢献すること

そして自分の生きがい

みたいに色んなものを兼ねてると思うんですけど

まあそんな上手い話ないですよね

自分の生きがいを何に見出すかは自由だけど

お金を稼ぐことと社会貢献って両者のシステムが全然違うのにイコールになるわけないよね

ってのを考えたな

優秀なミーが

グレーな仕事をしていることと

ITの会社で働くこと

両者の違いってそれほど大きくないし

自分自身あまり感じないな

 

人間関係も仕事も

現代の色んな制度があるから成立してるし価値があったりなかったらして見える

結局そんなもんだよねって思いました

という感想

面白かった

 

 

 

 

【読書感想文】音楽が鳴りやんだら / 高橋弘希

織田作之助賞候補作

 

あらすじ

ボーカルギターの葵、ギターの智樹、ベースの啓介ドラムの伸也の4人で組んでいたバンド「Thursday Night Music Club」にメジャーレーベルから声がかかる。しかしレーベルのプロデューサー中田がデビューのために提案したのはベースの脱退だった…

葵は彼女の莉央に支えられながら、朱音、九龍、昴流といった新メンバーとともにバンドを大きくしていく一方で、ロックンローラーとしての自分と本当の自分との解離に苦しんでいき…という話

 

高橋弘希さんの作品はこれでデビュー作の『指の骨』以外は全部読んだことになるのかな

この作品は他の作品と比べても文章量が多くて物語性が強い作品なんですけど

とても楽しく読めたなあ

レビューで長すぎるみたいな意見あって

わからないこともないんだけど

人間性の深掘りだったり、情景や心情の詳細な描写だったりに割かれている文章量が多かったから

より自分の好みの作品になった感じあったなあ

 

では具体的に良かったところを2点ほど紹介

1つ目は、音楽の支配力

ライブに行ったり

バンドで楽器を演奏したりすると

音圧で全身が包まれる感覚に陥る

そうすると他の感覚が聴覚に吸われてしまうみたいに鈍くなって

鳴っている音楽以外のことを受容する能力が低くなってしまう気がする

そんな音楽の支配力に囚われ続ける話みたいに思えたな

人生そのものが音楽に包まれて何も分からなくなっていく感覚を物語全体で表現していて

とても良かったな

 

2つ目は、ロックンロールの副作用

音楽を職業としていると次第に

単調な繰り返しに飽きてしまうから

薬物でリズムを乱したり

自殺を試みて極限の休符を求めたり

そんな衝動に駆られることがある

だから音楽関係者の薬物乱用とかは起こりやすい

っていうことをこの物語が考えさせてくれたな

音楽だけに限らないのかもしれないけど惰性で続けることがどちらかといえば悪になる創作に携わっている人たちにとって日常生活ってちょっと物足りない感覚になりやすいものなのかな

ロックンロールへの憧れが強ければなおさらこれまでの歴史的にその感覚に陥りやすいのだろうし

難しいなあって思ったな

 

読んで良かったー

温め続けた『指の骨』も近々読まなきゃな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【読書感想文】地の底の記憶 / 畠山丑雄

文藝賞受賞作

 

あらすじ

男子小学生の晴男は同じクラスの痩せ細った女の子井内とともに山の奥深くの小屋にたどり着く。そこでは青田は人形を人間の妻としていて暮らしていた。やがて担任の西山は青田の大学時代の友人であったこともわかり、物語は次第に山の昔話とも繋がってきて…という話

 

同じ年の文藝賞受賞者の山下紘加さんが注目されてるし題材も派手ではなさそうだったから正直あんまり期待してなかったんですけど

とても面白かった

村上春樹さんっぽさもある気がする

 

では具体的に良かったところを3つほど紹介

1つ目は、土地に降り積もる繰り返される歴史

この話の主題とも言える狂愛についてで

ロシアからやってきたウォロンツォーフとその妻の清子の話

青田と里佳子との話

そして晴男と井内のそれぞれの恋愛が重ねられていて

一方に異常が起こってもう一方が狂う

っていう共通の関係性があって

歴史は繰り返されるっていうのがとてもわかりやすく書かれている

だけどこのそれぞれの関係性については似通ったりはしてなくてちゃんとそれぞれの関係性が丁寧に描かれていて良い

人々がある程度の幅はありながらも根本的には変わらないっていうのが小説で示されてるの面白かったな

 

2つ目は、電波と愛情

ラジオがキャッチするはずのない電波をキャッチする

それを聴こえたといってるのが

土地そのものに根差してる霊的な何かの作用なのかはわからないんですけど

とても恐ろしい力によって大事な人が変わっていってしまう喪失感が死よりも割り切れないもので苦しい

好きな人には共感したくなるものだと思うのだけど共感し難かったり共感してはならなかったりするときの感情って難しいよなあ

 

3つ目は、虫に食われる病

何かの比喩なのかと思ったけどいまいち消化し切れてない

身体の内側にあるものが肉体としての身体を蝕んでいくという現象は

当人にとっては自身の

晴男などにとっては好きな人の

身体の体積が物理的に減っていくことだから

目に見える形でのわかりやすい絶望ではあると思う

火を用いることで虫を退治するのも示唆的で面白かったんだけど

この辺りのことを納得するには自分に思想が足りてないなあ

 

とにかく畠山丑雄さんには興味湧いたなあ

そのうち何かの賞にノミネートされないかなあ

【読書感想文】あなたに安全な人 / 木村紅美

あらすじ

教え子のいじめに気がつかず自殺に追い込んでしまったかもしれない元中学校教諭の妙は教職を辞め、一度東京に出たものの里帰りし静かに暮らしていた。しかし子どもの父親の気配を感じ1人で暮らしづらくなった妙は男を雇うことにする。男もまた住民活動で一人の人間の命を奪ってしまったかもしれない過去があり、2人は1つの家で顔も見ずに過ごしていき…という話

 

木村紅美さんは芥川賞候補にもなったことがあるのでもともと知ってたんですけど読んだのは初めてですね

テーマや状況が絶妙で良かったな

全体的に仄暗い雰囲気と現実離れしすぎないほどの非日常的な2人の同居生活が相まって

特異的な小説の世界観で好きだったな

 

では具体的に良かったところを2つほど紹介

まず1つ目は

被害者への贖罪

妙と男は2人とも確実に悪意をもって人を殺害したわけではなくて

そもそも実際に自分が原因で被害者が命を落としたのか確信はない状態

それでも2人は自身の過去を悔やんでいて

自らの生活が退廃的なものになってしまっている

っていうのが苦しい

客観的に見ても2人の立場はそれほど責任を取りすぎてはいけない気がするんですよね

男の場合は先にやられたのにそれを肯定することになるし

妙の場合は親が感じるべき責任を転嫁することを許容することになる気がして

 

2つ目は

2人の日陰ものの寄り添い

人と人の相性というか

互いに求め合う関係性っていうのは

人の明るさとか暗さどころか

性格や趣味嗜好に関係なくて

時間と状況によって異なる

その時間や状況との当てはまり方が深い人が偶然友人や恋人になれば幸せだねって思うけど

必ずしもそうなるわけでもそうなる必要もなくて

ただお互いを必要としてるだけの関係性も

それはそれで良いんじゃないかなあ

ってこと考えたな

 

だから人と人の関係性って

色んな物事を基準として上下に見ることはできるけど結局見ても良いことないよね

って思ったな

 

いやー良かった

掲載された雑誌持ってんのに単行本買ったのはちょっと後悔してだけど後悔がなくなるくらいの読書体験

 

 

 

【読書感想文】最後の息子/ 吉田修一

芥川賞候補作の『最後の息子』、『破片』、文學界新人賞候補作の『Water』からなる作品集

 

ここでは『最後の息子』と『破片』について紹介

 

最後の息子

ゲイである僕は、同じくゲイの閻魔ちゃんと同棲をしている。ある日、同じく店の常連客であった大統領は公園でゲイ狩りによって殺されてしまう。僕は、大統領との思い出を綴った日記を読み返し、閻魔ちゃんとの日々を振り返り…という話

 

『破片』

東京に住んでいる大海は、長崎の父と弟の岳志が住む実家に帰省する。幼い頃母親を失った彼らは女性への接し方がわからず、大海は風俗で働く彼女に強く言えず、岳志はバーで働く女性に入れ込もうとしてしまう。大海は岳志が家を作りながら酒屋を手伝い、バーの女の子に入れ込んだ生活を送ることを知るが、ある時その女の子に弟との関係についての悩みを聞かされて…という話

 

吉田修一さんってめっちゃ良いですね

パークライフ』があんまり印象強くなかったからそんなに積極的に読もうとしてなかったんですけど一つひとつの話がちゃんと面白いし

連続して読んでも共通してるところは少ないし、それぞれの話でちゃんと背景とか人物像が繊細に描かれているから読みやすい

 

では具体的に良かったところを2つほど紹介

1つ目は行く宛のない恋

これは『最後の息子』の方で僕と閻魔ちゃんの関係を通してゲイとしての恋心っていまいち消化しきれない部分があるよなって思いましたね

異性愛なら結婚っていう一区切りはあるし

身体的な構造としても一応区切られてる感あるけど

ゲイって社会的にも身体的にもいまいち納得しきれない感じみたいなのがあるだろうなって思ったな

結婚なんて生き方を与える制度の一つに過ぎないんだから同姓同士の結婚も徐々に保証されていっても良いもんだけどね

色んなシステムや制度の作り直しは大変そうだけどそれである程度の納得感が剥奪されないなら良いと思うよなあ

 

2つ目は女性への優しさ

これは『破片』の方ですごく感じたな

女性が身近にいなかったことで女性への優しさというものがわからなくて空回りして

相手にむしろ負担をかけてしまうっていうのがめっちゃわかるところがあるな

男女問わず優しさそのものについて人によって定義や捉え方が異なるから想像力だけで接してしまうとそこに齟齬が生じる

自分が優しさだと思ってることでも相手にとっては冷酷さになったり重い愛情になったり

本当に難しいから適度に対話しなくちゃいけないよな

対話力ってそういった意味でもとても大事だな

 

あと吉田修一さんの作品で持ってるのは『熱帯魚』だな

読まなきゃな

 

 

【読書感想文】ジャップ・ン・ロール・ヒーロー / 鴻池留衣

芥川賞候補作

 

あらすじ

大学の軽音サークルに入った僕は、楽器未経験者で経験者たちに相手にされなかった結果、同じく楽器未経験の喜三郎とアルルの3人でバンドを組むことになる。喜三郎は父親が以前やっていたバンドであるダンチュラ・デュオのコピーと称したオリジナルの曲を製作して僕もその嘘に乗り、昔存在した架空のバンド、ダンチュラ・デュオの再現をするバンドという設定のバンド活動を始める。そんなある日、オリジナルのダンチュラ・デュオを知ってるというお笑いコンビが出てきてピンチに遭うが、それをアルルに助けられて…という話

 

鴻池留衣さん自体あまり作品数が多い作家さんじゃないから印象が薄かったんですけど

こういう作品があるから芥川賞候補作読むのやめられねえんだよなって思わせてくれる作品だった

全体の構成がWikipediaの構成になってるし

設定とか話の内容がこれまで読んだことない感じだったし

ずっとワクワク感あったな

 

では具体的に楽しかったところを2つほど紹介

1つ目は

妄想が現実になっていく様子

これが何といってもこの作品の醍醐味だと思うんですけど

喜三郎の設定だと思っていたことが実際にあったことっていうことが分かり始めてから

妄想と現実が混濁しながら話が進んでいく感覚になってとても心地良い

非現実であったものが現実で起こっていくことがどうして心地良いのかはわからないけど

とにかく良かったな

 

2つ目は

敵組織と味方組織関連の抽象度

組織の詳細が書かれていないところと容赦ない襲撃の様子が

組織の全体像とか自分の立ち位置とかを把握する前に強大な組織の力によって命が危うくなりそうになっている様子を絶妙に表していてとても良い

具体的に言うと

「知り合い」とかの隠語が使われていたり

バンドとしての表の姿とスパイとしての裏の姿の両方が描かれていたり

死の描写がなくて消されたことだけが仄めかされていたり

そういったフィクションのようなスパイの世界観を描くバランスがすごく良いですよね

 

デビュー作もぜひ読んだみたいと思ったのだけど

なかなか手に入りそうにないなあ